初夏の圓光寺へ。ピンボケカメラと頬杖お地蔵様

初夏の圓光寺へ 京在住ノート

詩仙堂を出てスマホを見ると、
次の目的地・圓光寺までは徒歩数分。

「せっかくだし行ってみよう」

そんな軽い気持ちで歩き始めたのですが、
あとから振り返ると、この日いちばん写真を撮ったのは、
実は圓光寺だったかもしれません。

格式高い山門をくぐると、
すぐ目の前に拝観受付がありました。
ここで、楽しみにしていた御朱印をいただくことに。

圓光寺の御朱印は書き置きの1種類のみだったのですが、
それが本当に素敵でした。

新緑の季節を思わせる柔らかな薄緑色の和紙に、
青もみじ、そして、ちょこんと頬杖をついた
可愛らしいお地蔵様が描かれていて、
手にした瞬間に心がふわりと和みました。

そのまま歩みを進め、
少し階段を上がった場所に佇む「十一面観音立像」へ。

そっと両手を合わせ心を通わせ、
ふと振り返ったその刹那、私の目に飛び込んできたのは、
これまで京都の古いお寺で見たことのない、
とても不思議な「枯山水(奔龍庭)」でした。

「え、これ本当に枯山水?」

最初に見たとき、正直そう思いました。
パンフレットによると、このお庭はあえて
「未完のまま」にされているのだとか。

完成させるのは、お庭を眺める私たち自身。
見る人の心のなかにある「余白」を使って、
それぞれが好きなようにこの風景を埋めて、
完成させたらいい――。

(私の心の余白、いま、どんな風に埋めようかしら……)

そんな風に、自分だけのお庭の姿を頭のなかで思い描きながら、
さらに奥へと進んでいきました。これほど自由で、
訪れる人に寄り添ってくれるお庭があるなんて、
なんだかとても贅沢な気持ちになります。

小さな門をそっと抜けると、
そこには品よく季節のお花が添えられた、
大きな手水鉢が佇んでいました。

静寂のなかに、耳を澄ますと微かに聴こえてくる澄んだ音色。
圓光寺の名物でもある「水琴窟(すいきんくつ)」です。
その吸い込まれそうなほど美しい音色に
しばらく耳を傾けたあと、いよいよお目当ての
「十牛の庭」が見渡せる本堂へと上がらせていただきました。

そこから眺める景色は、言葉を失うほど素晴らしいものでした。
青もみじの瑞々しい緑も、地面を覆う苔の緑も、
五月の光を浴びて元気いっぱいに弾けているのです。

深い濃緑、生まれたての薄緑、
そして木漏れ日と混じり合ってきらめく光の緑――。

いろんな表情を持った緑たちが、初夏の優しい風に揺られながら、
まるでみんなで楽しそうにダンスを踊っているかのような
眩さに満ちていました。

その本堂には、私のほかに2組の参拝客がいらっしゃいました。

そのうちの1組の若いカップルさんが、
お互いにお写真を撮り合いっこされていて、
その姿がなんとも微笑ましく、可愛らしかったのです。

やがて、そのお二人が仲良く並んで、
目の前のお庭をパシャリと撮影されようとした、そのとき。

なぜか私も自然にその横へ並んでしまい、
気づけば3人並んで一緒にお庭を撮る、
という不思議な構図になってしまいました(笑)。

(あ、もしかして私、お二人のお邪魔になっちゃったかな?
 ごめんなさい……😅)
と心の中で少し焦りつつも、そんな温かい空気も含めて、
とても愛おしい時間が流れていました。

本堂をあとにし、いよいよ緑が弾けるお庭の散策へ。

お庭のなかの苔の絨毯には、先ほどの御朱印と同じ、
頬杖をついた可愛らしい「微笑み地蔵」様が
静かに佇んでいらっしゃいます。

「なんて可愛いの!」と胸をときめかせ、
愛用のカメラを構えてファインダーを覗いたとき、
私はついに、ある重大な事実に気がついてしまいました。

詩仙堂からずっと「なんか変だな」と思っていたんです。
でも気のせいだと思っていました。

。。。気のせいじゃありませんでした。
私のカメラ、盛大にピンボケしていたのです。

最初は「今日、なんだか私の目がかすむなぁ、体調のせいかな?」
なんて自分の目のせいにしていたのですが、
違いました。カメラの設定がどこか狂ってしまっていたのです。

それなのに、なぜだかその時の私は、
なおそうと試みるも、
どこをどうすれば良いのか
全く分からず
「まぁいっか!」とピンボケのまま撮影を続行(笑)。
今振り返っても、
自分でも訳がわからない行動にクスッと笑ってしまいます。

そして、お庭の散策も最後の最後になって、ようやく閃いたのです。

「あ、スマホで撮ればいいんだ!」

なんというお間抜けな私でしょう(笑)。

おかげさまで、帰り際にお地蔵様の可愛いお姿は、
スマホのカメラで無事に美しく撮影することができて、
ホッと胸をなでおろしました。

道中には、まっすぐな竹林の小道もあって、
そこにも初夏の光がそれはそれは綺麗に差し込んでいたのですが……

なんせ私のカメラはピンボケ(笑)。
けれど、レンズを通して綺麗に残せなかった分、
あの光の美しさは、私の心のノートへ
一生消えないように深く深く、刻み込ませていただきました。
ピンボケの旅というのも、悪くないものです。

圓光寺のもう一つの大切な場所、
徳川家康公のお墓(東照宮)を探して、
お庭の奥へ奥へと進み、
少し息を切らせながら階段を上っていきました。

高台にひっそりと佇むその場所もまた、
お墓というよりは清らかな聖域のようで、
生き生きとした緑の中に、
とても綺麗な光が真っ直ぐに射し込んでいました。

家康公の遺言によって、全国に分骨され、
こちらには歯が納められているのだそうです。

お墓のある高台は少し開けていて、
眼下には京都市内の街並みが一望できました。

五月の青空のもと、遠くまで広がる景色を見下ろしていると、
爽やかな風が吹き抜けて、本当に気持ちがよかったです。

秋の紅葉の時期は完全予約制になることもあるのだとか。

実際にこの圧倒的な青もみじの生命力を目の当たりにすると、
それも深く納得してしまいます。この緑の海が、
秋には真っ赤に染まるグラデーションの世界。
想像するだけで息をのむ美しさです。

境内には桜の木もたくさん植えられていたので、
春の優しい桃色の世界、そして冬の静寂な白い世界――。
ここはきっと、四季折々の美しさで
いつ訪れても私たちを包み込んでくれる場所なんでしょうね。

古い大切な書物を印刷し、多くの人々へ
知識と言葉を広めるための先駆けとなった徳川家康公。

その「学び舎」としての古き良き風景に、
平成の枯山水という新しい感性を重ね合わせ、今も進化を続ける圓光寺。

家康公が夢見た「平和な未来」の空気がそのまま残っているような、
そして、今を生きていることの心地よさを五感で味あわせてくれる、
本当に素敵なお寺さんでした。

あ、そうそう!

帰り道は、今度は一切迷うことなく、
バイクで真っ直ぐお家に帰ることができましたよ(笑)!

もし「ん?どういうこと?」と気になった方は、
ぜひ前回の【京在住ノート】の
「道に迷ってたどり着いた詩仙堂。ししおどしと可愛いお地蔵様」
の迷子エピソードも、合わせて読んでみてくださいね。

拝観料800円 御朱印500円
(20026年5月30日現在)



🌸こちらの写真はほとんどがスマホで取り直したものです。
ピンボケ写真が気になるなぁという方は、下記リンク
「圓光寺の十牛の庭と徳川家康の夢。新緑に包まれる洛北の学び舎」
をご覧ください。絶賛ピンぼけ中です(笑)




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