初夏の法然院へ。予習した寄り道と、心潤う静かな待ち時間

法然院 京在住ノート

せっかく五月の爽やかなお天気なのだから、
あの有名な『哲学の道』をずっと歩いて行こう!

そう心に決めて、前日からスマートフォンで
念入りにルートを確認していました。

実は私、少々方向音痴です。
(後日、詩仙堂で盛大に発揮することになるのですが……笑)

周りの風景を写真で頭に記憶させないと、
うまく歩けないタイプなのです。

そのため、Googleマップを熱心に見つめながら、
ストリートビューで周辺の景色を予習していました。

すると、ある不思議なことに気がついたのです。

「あれ……?ナビの通りに哲学の道を歩いていくと、
銀閣寺に近づくにつれて、なんだか少しずつ
道が目的地から離れていっているような……?」

ん?と思って地図をさらに大きく拡大してみると、
哲学の道のすぐ東側に、もう一本、
山側へと続く細い道があるのを見つけました。

しかもその道は、銀閣寺に向かって
真っ直ぐに近づいていくではありませんか。

その道の名は、「法然院通り」。

どんな風景なのだろうと
ストリートビューで予習を進めていくと、
緑の木々のなかに、ぽつりと佇む美しいお寺を発見しました。

それが、今回ご紹介する「法然院」です。

画面越しに見るその静かな佇まいに
すっかり心を奪われてしまい、
「よし、明日はここへちょっと寄り道をしてみよう!」
と、私だけの特別な散歩コースが決定しました。

散策当日、私はきらきらと輝く
琵琶湖疏水を眺めながら哲学の道を歩き、
途中から予定通り「法然院通り」へと入っていきました。

静かな住宅地のなかを、
予習した景色と照らし合わせながら
ゆっくりと歩いていくと、
やがて目の前に法然院の入り口が現れました。

一歩、その敷地の中へと足を踏み入れた瞬間――。

頭上を覆い尽くすような瑞々しい新緑のなかに、
ぽつんと佇む茅葺き屋根の山門。

そこには、言葉にできないほどの深い静寂と、
凛とした別世界が広がっていました。

あまりの風情の美しさに胸を打たれ、
「これは絶対に写真におさめなければ!」
とカメラを構えた、そのときです。

山門の向こう側から、二人連れの参拝者の方が
こちらへ向かって歩いてこられるのが見えました。

後ろ姿であればそのまま
シャッターを切らせていただくのですが、
こちらを向いて歩いてこられているので、
お写真を撮るのは少し遠慮して、
お二人がすれ違って通り過ぎるのを
静かに待つことにいたしました。

そのお二人は、初夏の法然院の空気が
とても心地よいのでしょう、少し歩いては立ち止まり、
木漏れ日を見上げてはまた少し歩き……と、
本当にゆっくり、ゆっくりと、
その場の情緒を慈しむように歩まれていました。

普通なら「早く通り過ぎてくれないかしら」
と焦ってしまいそうな場面ですが、
不思議と私の心はとても穏やかでした。

「そうだ、私もお写真を撮るのを一度お休みして、
この素晴らしい空気をお二人と一緒にゆっくり楽しもう」

そう思い、カメラを下ろして、私もただその場に立ちました。

急いで写真を撮るよりも、
この静かな時間そのものを味わいたくなったのです。

ひんやりとした初夏の木陰の空気、
森のような深い静寂。
目を閉じて、軽く瞑想をするように
その場の気配に身を委ねていると、
日々の忙しさで乾いていた私の心の中に、
瑞々しいパワーと潤いが、
たっぷりと充電されていくのが分かりました。

やがてお二人とは優しくすれ違い、私は無事に
誰もいない美しい山門の写真を撮ることができました。

けれど、後から振り返って、心から思ったのです。

もしあの時、お二人がいらっしゃらずに、
私がサッと写真を撮ってすぐに
山門をくぐってしまっていたら……

きっと、これほどまでに心が深く潤う贅沢な時間は
過ごせなかったはず。
私に「立ち止まるゆとり」をくれた、
すれ違ったお二人の参拝者の方に、
心からの感謝の気持ちが湧いてきました。

そうして静かな奇跡のような待ち時間を終え、
茅葺きの山門をくぐり抜けた瞬間。

「わぁ……!」

思わず、口から小さな感嘆の声が漏れてしまいました。

目の前に現れたのは、美しく整えられた、
真っ白な二つの砂の盛り込み――白砂壇(びゃくさだん)です。

法然院までの「道のり」はストリートビューで
入念に予習していたのですが、
実は法然院の「中」のことについては
あえて全く予習をしていなかった私(笑)。

だからこそ、山門をくぐった先に待ち受けていた
そのあまりにも素敵な景色に、
ただただ感動してしまいました。

左右の白い砂の表面には、
とても繊細で美しい模様が描かれています。

季節によって描かれる絵柄が変わるそうなのですが、
この日は瑞々しい新緑の季節だからでしょうか、
爽やかな「木の葉」の模様が描かれていて、
緑の木漏れ日と合わさって本当に綺麗でした。

この二つの白砂壇の間を通ることで、
心が清められるのだそうです。

もちろん、その時の私は
そんな素敵な意味があるとは露知らず、
「綺麗だなぁ」とただのんびり、けれどもしっかりと
その真ん中を歩かせていただいたのですが……(笑)。

お家に帰ってからの「復習」でその意味を知り、
あの時、心の中の小さな塵たちが
綺麗に洗い流されていたのだと知って、なんだか嬉しくなりました。

青もみじと白砂が織りなす初夏の景色も素晴らしかったけれど、
秋の紅葉に染まる世界や、
冬の雪化粧をした茅葺き屋根の姿など、
また違う季節にも必ず訪れてみたい、
そう思える大切な場所が京都にまたひとつ増えました。

あっ、そうそう。

この日の「予習」のおかげで
法然院へはバッチリ辿り着けたのですが、
その後の旅路で訪れた詩仙堂では、盛大に道を間違えて
宝ヶ池まで行きそうになってしまいました(笑)。

その時のお間抜けな迷子エピソードが気になる方は、
ぜひ【京在住ノート】の「詩仙堂の庭園をお散歩」
の回ものぞいてみてくださいね。




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