初夏の「東福寺」へ、
愛車の原付バイクを走らせて行ってきました。
今回はお出かけ前から、
「本町通(ほんまちどおり)を通っていくルートだな」
と、地図を見てしっかりと頭に入れて出発。
走っていくと、
左手に伏見稲荷大社の鳥居が見えてきました。
予想通り、伏見稲荷の周辺は
大勢の観光客のみなさんと車で、
ものすごい活気にあふれ返っています。
「それでも、きっと紅葉や初詣のピーク時に比べたら
マシなのかな……」なんて思いながら、
なんとか賑やかな人波をすり抜け、
東福寺へと向かいました。
同じ本町通沿いにあるはずなので、
今度こそ迷うはずがない。
そう自信満々に走っていたのですが――。
はい、やってしまいました。
気がつけば、見覚えのない景色。
またしても、安定の道間違いです(笑)。
「あれ?おかしいな……」と心の中で呟きながら、
前回の法然院のときと同じように、
綺麗なUターンをきめて、
なんとか軌道修正をいたしました。
なんとか無事にお寺へたどり着いたのですが、
今度は新たな問題が発生します。
事前に東福寺のホームページで予習した際、
「紅葉の時期以外は境内にバイクや車を停められる」
と書かれていたのですが、
詳しい場所についての記載がなかったのです。
大きな山門をくぐると、すぐに「P」という
駐車場の案内板が目に入ったので、
そちらへ進んでみたのですが、
そこは広々とした車の駐車スペースでした。
この日は幸いとても空いていたので、
お寺のご迷惑にならないよう、
隅っこの方の邪魔にならない場所へ
そっと愛車を停めさせていただきました。

気を取り直して、まずは駐車場付近にある
建物から見学をスタート。
最初に向かったのは、
国指定重要文化財でもある「東司(とうす)」です。
ここは、なんと室町時代に建てられた、
我が国最古の「おトイレ」の遺構なのだそう。

案内板を読むと、
「便所(掃除や使用)も立派な修行のうち」
と考えられていたそうです。
「へぇ~、そうなんや」と興味津々で
中を覗き込んだ私は思わずびっくり。
床には穴がずらりと並び、
しかも隣との距離が驚くほど近いのです。
「禅寺の修行は厳しい」とは聞いていましたが、
まさかこんなところまでとは……。
室町時代の修行僧のみなさん、
本当にお疲れ様でした💧

その後、風格のある禅堂や、どっしりとした山門、
立派な本堂をぐるりと眺めてから、
いよいよお目当ての「通天橋(つうてんきょう)」
の拝観受付へと向かいました。
拝観チケットを購入しようと
受付へ向かった、そのとき。
「あーっ!あった!!」と思わず
心の中で叫んでしまいました。
なんと、探していたバイクの駐輪場が、
通天橋の拝観受付のすぐ真横に、
ちょこんと用意されていたのです。
(あんなん、はじめから知ってな
絶対に分からへんし~!💧)
と心の中でツッコミを入れつつ、
無事にチケットを購入。
さぁ、中へ入ろうと入り口の方を向いた、
その瞬間です。 私の目の前に、
それはそれは可愛らしくて瑞々しい、
綺麗な紫陽花(あじさい)が
優しく咲き誇っているのが飛び込んできました。


(わぁ、綺麗……!写真、写真!)
だんのうさんのときと同じように、
お花が大好きな私の心は
一瞬で奪われてしまいます。
そのまま、正規の順路である入り口とは、
違う方向へふらふらと進んでいく私(笑)。
その姿を見た受付の方が、
私が道に迷って心配になったようで、
「右手の方ですよ!」と、
慌てて優しい声をかけてくださいました💦
「ごめんなさい……!紫陽花があまりに可愛くて、
どうしても無視できなかったんです(笑)」と、
心の中で謝りながら、いよいよ通天橋の上へ。
橋の上から見下ろす洗玉澗の景色は、
まさに「緑の世界」そのものでした。
この日は本当にお天気が良かったので、
初夏の眩しい太陽の光が、
もみじの葉に遮られて美しい
木漏れ日となって降り注いでいます。
あまりにももみじの葉が
密集しているせいでしょうか。
降り注ぐ木漏れ日の光そのものが、
淡い緑色に染まっているように感じられて、
言葉を失うほどの美しさでした。

通天橋を渡る途中で、渓谷の底へと
降りていける順路があったので、
私は喜んでその「緑の海」のなかへと
入っていきました。
頭上を覆う青もみじと、
その足元で可愛らしく咲いている紫陽花。
新緑のパワーをこれでもかと全身に浴びて、
心のすみずみまで潤っていくような、
本当に贅沢な時間を堪能することができました。

それにしても、この緑の海が、
秋になって一斉に真っ赤に染まったら、
一体どんなに物凄い景色になるのだろう……。
頭の中でそんな秋の絶景を想像してみると、
この場所に全国から大勢の人が押し寄せる理由が、
とてもよく分かったような気がします。
緑の海をたっぷりと満喫したあとは、
「方丈(ほうじょう)」へと向かい、
重森三玲の美しいお庭を拝見しました。

ふと見ると、
お庭に描かれている砂の模様(砂紋)が、
あらかじめ見ていたパンフレットの写真とは
違う形をしていました。
「砂紋って、その時々で色々な形に
描き変えられるのかな?」と、お庭の新しい
不思議に触れたような気持ちになります。
このお庭の周りでは、すぐ近くから
ウグイスの心地よい鳴き声が
「ホーホケキョ」と何度も聴こえてきて、
耳にもとても優しい時間を過ごせました。


ただ、楽しみにしていた北庭の
「市松模様」は、ここのところ
夏のような暑い日が続いていたせいでしょうか、
緑の苔が少し残念な状態になっていました。
このお庭は最初は
白砂と石板だけで作られていたそうですよ。

その後、御朱印をいただき、
最後にもう一度本堂の方へ。
ふと見ると、本堂の中で
靴を脱いで上がっておられる
参拝者の方がいらっしゃいました。
「あ、中に入れるのかな?」と思い、
私も同じように靴を脱いで、本堂の扉を
開けようとしてみたのですが……
ビクともせず、開けられません。
困ってその場に立ち尽くしていると、
私のすぐそばに、同じように本堂を見上げている
仲の良さそうなご夫婦がいらっしゃいました。
私が思わず
「これ、どうやって開けるんでしょうねぇ?」
と話しかけると、
「さっきまで扉、開いてたんやけどなぁ」
「靴もあるし、中に誰か入ったはるなぁ」
と、ご夫婦で顔を見合わせながら
親切に話してくださいました。
そのまま、3人で本堂の正面へと移動します。
並んで歩くうちに、旦那様と奥様の間の距離が
ほんの少しだけ開き、
なぜかその「真ん中の特等席」に
私がスポッと挟まれる形になってしまいました(笑)。
すると、奥様が旦那様の方を向いて、
「あ~、なんかガイド(説明)を受ける人が
特別に入れるんやわ。中で説明したはる人がいるで」
と話しかけられました。
ご夫婦のちょうど真ん中に挟まれていた私は、
何を勘違いしたのか(笑)、
「あ、そうなんですね!」 と、
返事をしてしまったのです。
奥様は私を通り越して
旦那様に話しかけたつもりだったのに、
私が急に返事をしたものだから、
3人で一瞬「あれ?(笑)」となってしまい、
お互いに顔を見合わせて「すみません」
と思わず笑ってしまいました。
そんな、京都の旅の途中で出逢う
何気ない一期一会のやり取りが、
私の心をとても温かくしてくれます。

帰り際、最後にもう一度、
あの大きな国宝の山門を見上げました。
実を言うと、この日の東福寺は、
思ったよりも参拝の方が多く、
さらに緑の海のなかでは
お掃除をされているのか、
機械の大きな音がずっと響き渡っていました。
そのため、お寺らしいしっとりとした
「静寂」を五感で感じることは、
正直に言えばあまりできなかったのです。
けれど。賑やかな音のなかで、
改めてあの何百年もの歴史を生き抜いてきた
巨大な山門を見上げたとき、
私の心の中に、ふっと、
ひとつの言葉が浮かんできました。
――「今を生きている」。
何度も何度も火災に遭い、
その度に人々の手で蘇り、
激しい時代の波を乗り越えて、
今こうして目の前に堂々と立っている山門。
静かじゃなくたっていい。
賑やかな音も、人の声も、風に揺れる青もみじも。
それは全部、この場所が今も生きている証なんだ。
何百年もの時を超えて立ち続ける山門と、
迷子になりながらも(笑)、こうしてここへ来た私。
それぞれの時間は違うけれど、同じ「今」を生きている。
そう思った瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなりました。

帰り道は、今度こそ
本町通を間違えずに(笑)、
愛車のバイクとともに、
心地よい新緑の風を切って家路へと就きました。
みなさんも、初夏の東福寺を訪れた際は、
ぜひあの偉大な山門の下で、
いまご自身が生きていることの愛おしさを、
五感いっぱいに感じてみてくださいね。

2026年6月




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