ねじりまんぽを抜けて。早朝の南禅寺で見つけた、愛おしい京都の日常

ねじりまんぽ 京在住ノート




先日ご紹介した、南禅寺・水路閣。
明治の京都の人々が、街の再生をかけて造り上げた赤レンガのアーチを、
今日は実際に歩いた朝の記憶とともに綴ってみたいと思います。

この日訪れたのは、哲学の道を歩いたあの瑞々しい早朝。
まだ街全体が静かな呼吸をしているような時間でした。

南禅寺へ向かう途中、私が毎回ひそかに楽しみにしている場所があります。
それが、蹴上駅近くにある小さなトンネル――通称「ねじりまんぽ」です
(※ここだけ少し前に撮影した写真です)。

一歩足を踏み入れると、レンガが斜めにねじれるように積まれた、不思議な空間。
ぐるりと渦を巻く壁を眺めながら歩いていると、現代から明治時代へ、
ゆっくり時間を巻き戻されていくような感覚になります。

トンネルを抜けると、そこには朝もやの残る静かな南禅寺。
観光地とは思えないほど人影は少なく、聞こえるのは鳥の声と、
時折すれ違う方の足音くらいです。

大きな三門をくぐり、広々とした境内を歩いて法堂の前へ差しかかったとき、
私は思わず足を止めました。

石畳の真ん中で、スマホを置き、動画を撮影されている方がいたのです。
大きく身体を動かしながら、一生懸命に何かを表現されているご様子。

(今は写真を撮るの、少し待った方がいいかな)

そう思って、少し離れた場所から静かに待つことにしました。
広い境内に、観客は私ひとり。

なんだかこちらまでソワソワしてしまい、
「見られながら撮るの、やりにくかっただろうな」なんて勝手に申し訳なく思っていると、
撮影を終えたその方が、こちらを振り返って小さく会釈をしてくださいました。

「おはようございます」

少し照れたような、その柔らかな一言に、思わずこちらも笑顔に。
早朝の京都の静寂の中だからこそ生まれる、
なんでもないけれど、妙に心に残る優しい時間でした。

そんな小さな余韻を抱えながら、さらに奥へ進むと、
木々の緑の向こうに、あの赤レンガのアーチ――水路閣が静かに姿を現します。

朝の光を受けたレンガの深い赤。
雨上がりのように瑞々しい青もみじ。
そのコントラストは、写真で見返しても息をのむほど鮮やかでした。

誰もいない水路閣を見上げていると、周囲の土の匂いや、
初夏の風の涼しさが、五感にゆっくり染み込んできます。

禅寺の長い歴史。
明治のモダンな建築。
そして、そこで交わされる現代の日常の挨拶。

古いものと新しいもの、人の営みと静寂が、
こんなにも自然に同居していること。

それこそが、私が【京在住ノート】に残しておきたかった、
京都の愛おしい表情なのかもしれません。

南禅寺を訪れる際は、ぜひ少し早起きをして、
「ねじりまんぽ」を抜ける朝の道を歩いてみてください。

きっとそこには、観光ガイドには載っていない、小さくて温かな京都の吐息が流れています。







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