京都に住んでいると、寺社仏閣は特別な場所ではなくなります。
けれど、ある時気づきました。
**「ここには、必ず“誰かの物語”がある」**ということに。
観光名所としてではなく、
建てた人、祈った人、歩いた人。
その人物を知ってから同じ場所に立つと、
見える景色が、まったく変わるのです。
このブログでは、京都の寺社仏閣を
「ゆかりの人物」からやさしく読み解いていきます。
歴史が苦手でも、物語として読めるように。
・清水寺 と 坂上田村麻呂
・伏見稲荷大社 と 秦伊呂具
・鞍馬寺 と 源義経
そんな物語を、これから少しずつ綴っていきます。
京都を「見る場所」から、
「感じる場所」へ。
そんな読み方を、一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです。
〜歴史の数だけ、解釈があります~
ここで綴る物語は、数ある史料や諸説の中から、
私が京都の街で感じ取った「ひとつの吐息」です。
正しさを探すのではなく、
いにしえの人々へ想いを馳せる時間を
楽しんでいただけたら嬉しいです。


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