折上稲荷神社に伝わる、
懸命に生きた女性たちの物語。
同じように働き、悩み、
時には立ち止まりながら生きる一人として、
少しだけ背中を押してもらいたくて、
折上稲荷神社へとバイクを走らせました。
お伺いしたのは、ちょうど六月の終わり頃。
境内には、この時期ならではの
「夏越の祓」の茅の輪が設けられていました。

これを見つけたら、
素通りするわけにはいきません。
「これはちゃんとして帰らないと!」
そんな妙な使命感を胸に、
「水無月の 夏越の祓する人は――」
と心の中で唱えながら、
左、右、左。
教わった通りに茅の輪をくぐっていきます。
この半年で知らず知らずのうちに
背負い込んでいた疲れや厄が、
少しずつ落ちていくような気がして、
不思議と気持ちまで軽くなっていきました。
清々しい気持ちのまま、本殿で手を合わせ、
日頃の感謝をお伝えします。

そして、お参りのあとの楽しみといえば、
やっぱり御朱印です。
ところが――ここで事件は起こりました。
書き上がった御朱印帳を
受け取ろうとした、その瞬間。
するり。
手が滑りました。
「あっ!!」
神社の方と私の声が、ほぼ同時に境内へ響きます。
幸い、地面に落とす寸前でなんとかキャッチ成功。
……だったのですが。
まだ乾ききっていなかった墨が、
ほんの少しだけ擦れてしまいました。
「すみません……!」
焦る私に、神社の方も苦笑い。
私も苦笑い。
静かな境内で繰り広げられた、
なんとも申し訳なくて、
なんとも私らしいハプニングでした。
けれど今となっては、
その小さな墨の跡を見るたびに、
「あの時、めっちゃ焦ったなぁ」
と笑って思い出せる、
世界に一冊だけの御朱印帳です。

気を取り直して境内を歩いていると、
本殿の左手には、千五百年前から
この場所を見守り続けているという
「稲荷塚」がありました。
周囲には健康、家内安全、良縁、金運など、
たくさんのお塚が並びます。
「これは全部まわらんとあかんやつやな……」
そんな下心をほんの少しだけ携えながら、
一つひとつ丁寧に手を合わせて歩いていきました。
そして、その途中で出逢ったのが、
モルガンお雪さんの「腰掛け石」でした。


あの激動の時代を生きたお雪さんも、
ここに腰を下ろし、
京都の空を見上げていたのでしょうか。
石を見つめていると、さっきまで
恥ずかしくてたまらなかった御朱印騒動も、
日々の小さな悩みも、
不思議なくらい小さなものに思えてきます。

折上稲荷神社は、働く女性たちの祈りを
千五百年にわたって受け止めてきた場所。
そしてきっと、茅の輪を真面目にくぐる人も、
御朱印を落としかける人も、みんなまとめて
優しく見守ってくれている神様なのだと思います。
帰る頃には、心の中が少しだけ軽くなっていました。

(2026年6月 500円)




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