スキマ時間の伏見歩き。歴史の町に流れていた、穏やかな初夏の光

スキマ時間の伏見歩き 京在住ノート


私は今、伏見桃山にある
趣味の習い事のお教室へ、バイクで通っています。

そのお教室は、
とあるマンションの1室にあるのですが、
この日はレッスンが終わったあと、
次の用事までにほんの少しだけ
「スキマ時間」ができました。

外を見ると、目の覚めるような眩しい初夏の青空。

「よし、ちょっとだけ周辺を歩いてみよう!」
と思い立ち、さっそく伏見の街へと
繰り出すことにしました。

愛車はそのままマンションの駐輪場へそっと
置かせていただくことに。

心の中で(すぐに戻ってきますので、
本当にごめんなさい……!)と、
誰にともなく小さく手を合わせながら、
「大丈夫かな、怒られへんかな……」と、
ちょっとだけ後ろ髪を引かれるような
ドキドキ感を抱えつつ、
自然と早足でお教室をあとにしました。

そんな、ちょっぴりスリリングな
始まりだったお散歩ですが、歩き出してみると、
そこには驚くほど深くて生々しい歴史の記憶と、
それを優しく包み込むような、
とびきり穏やかな初夏の風景が待っていたのです。

早足で向かったのは、
伏見の歴史を語る上で外すことのできない、
あの有名な「寺田屋」です。

幕末の英雄・坂本龍馬ゆかりの旅籠(はたご)
として知られる建物ですが、
今回はスキマ時間のお散歩ということもあり、
中には入らずに外観だけをじっくりと眺めました。

風情ある佇まいを見つめながら、
(今度はもっと時間に余裕があるときに、
ゆっくり中まで入ってみたいな……)と、
未来の楽しみを心にそっと書き留めます。

そして、そのすぐ近くにある、
鳥羽伏見の戦いの「弾痕(だんこん)の痕」の前へ。

古い柱や窓の格子に刻まれた
その傷跡を目の当たりにした瞬間、
私は思わず息をのんでしまいました。

それは、想像していたよりもずっと
「生々しい」ものだったのです。

弾が真っ直ぐにスッと刺さったというよりも、
凄まじい衝撃とともに「どどん!」と激しくぶつかり、
そのまま木肌を凄まじい勢いで擦れながら
流れていったような、当時の生々しいエネルギーが
そのままの形で残っていました。

それまで、学校の教科書の中の
「文字」としてしか知らなかった歴史の出来事。

それが、いま自分が立っているまさにこの場所で、
本当に現実の出来事として起こっていたんだ――。

時を超えて迫ってくるようなリアルさを感じながら、
私は激動の時代を生きた人々の足跡を、
じっと見つめていました。

そんな風に、頭の中で幕末の激しい歴史のドラマに
深く想いを馳せながら、すぐ近くを流れる
「宇治川派流(うじがわはりゅう)」の川べりへと
足を伸ばしてみました。

すると、川岸に出たその瞬間、
私の心は一気に「現代の日常」へと引き戻されました。

川面を見つめていると、ちょうど
伏見の名物である「十石舟(じっこくせん)」が、
のんびりとこちらへ近づいてきました。

すると、岸辺にいた観光客の方に向けて、
舟の上から「乗らはる〜?」と、
なんとものんびりとした、
優しい船頭さんの声が響き渡ります。

その声をきっかけにするようにして、
私の耳には、周りにいる人たちの
賑やかで愛おしい「現代の日常の会話」が、
次から次へと自然に飛び込んでくるようになりました。

すでに舟に乗ってゆらゆらと揺られている
乗客のみなさんの楽しそうな話し声。

舟が出発したすぐあとにやってきて、
「次は20分後かぁ」と少し残念そうに、
でも楽しそうにつぶやくお客さんの声。

そして、私のすぐ横を通り過ぎていった、
お二人組のこんな会話。

「『ここは虫除けあった方がいい』って
よう言うてくれはったわぁ。」

「そやろ、ここは絶対あった方がいいねん」

その微笑ましい会話を聞いた、まさにその瞬間でした。

ちくっとした違和感を覚えて視線を落としてみると……
なんと、手の甲に一匹の蚊が、
私の味見をしてるじゃないですか!💧

(ちょっと待って、それ、
私も事前に聞いときたかったわーー!!泣)

心の中で激しくそう突っ込みながら、
慌てて手をパタパタと振る私(笑)。

歴史のシリアスな余韻から、
一瞬にして「蚊との戦い」という、
あまりにも等身大すぎる現実へと
引き戻されてしまい、なんだか可笑しくて
たまらなくなってしまいました。

痒くなる手の甲をさすりながら(笑)、
改めて宇治川派流の岸辺からの景色を
見渡してみました。

そこには、いまを盛りにみずみずしく
綺麗に咲き誇る色とりどりの紫陽花。

その背景にどっしりと佇む、
月桂冠の格式ある美しい酒蔵。

そして、きらきらと輝く川面を、
優しく波を立てながら進んでいく
風情たっぷりの十石舟。

そのすべてがひとつの絵画のように
調和した美しい景色を前に、
周りにいたカメラを持った人たちは、
みんな本当に嬉しそうな笑顔で、
思い思いにシャッターを切っていました。

もちろん、お花と綺麗な景色が大好きな私も、
負けじと持っていたカメラで、
その一瞬をサクッと大切に切り取りました。

ふと気づけば、ここにはかつて激しい
戦いがあったなんて信じられないほど、
どこまでも穏やかで、優しくて、
温かい空気がゆったりと流れていました。

そのあまりの心地よさに包まれていると、
私の頭の中に、なぜかどこかで
聞いたことがあるような、
あの懐かしいメロディとフレーズが
ふわりと流れてきたのです。

――「幸せだなぁ……」って。

ふと気づけば、ここにはかつて激しい戦いが
あったなんて信じられないほど、
どこまでも穏やかな時間が流れていました。

生々しい弾痕を見つめたあとに聞こえてきたのは、
船頭さんの優しい声と、人々の何気ない笑い声。

そして私は、虫除けを持ってこなかったことを
少しだけ後悔しながら(笑)、紫陽花と十石舟が
織りなす初夏の景色を眺めていました。

歴史の町として知られる伏見。

けれどこの日、私の心に残ったのは、
教科書の中の出来事ではなく、
川辺を吹き抜ける風の心地よさや、
人々の穏やかな表情でした。

帰り道、お留守番をしてくれていた
愛車のもとへ戻りながら、なんだか少しだけ
心が軽くなっていることに気がつきました。

ほんの短いスキマ時間だったけれど、
伏見の街は、初夏の優しい光とともに、
小さな幸せをたくさん見せてくれたような気がします。

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